朗読たんぽぽ~ことばの綿毛を飛ばそう~Ⅱ

“朗読たんぽぽ”パートⅠでは漱石の「草枕」などの小説の他、童話、ファンタジー、詩を掲載。こちらパートⅡでは「フランケンシュタイン」や芥川龍之介の「雛」、「蜘蛛の糸」を視聴いただけます。只今連載中の「三四郎」共々、どうぞよろしくお付き合いくださいませ。

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夏目漱石「三四郎」12-5


マスクもせずにインフルエンザの三四郎を見舞い、その枕元で蜜柑を剥くよし子さん。インフルエンザウイルスの強い感染力を知る今の私たちにはとても考えられない振る舞いに、読みながら「よし子さんに移りませんように」と祈らずにはいられませんでした。その私はと申しますと、前回のファイルに書いた風邪の後遺症が長引き、まだ思うように声が出なくって・・・。しかしそうでなくても呑気な連載にこれ以上の間を空けるのも躊躇われ、だましだまし数テイクを録り何とかUPに漕ぎ着けたという次第。お聴き苦しくはなかったですか? 内容は不足無しに届きましたでしょうか?(←12-4
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夏目漱石「三四郎」12-4


今回は「三四郎、風邪を引く」の巻です。って実は私も風邪のお付き合いをしてしまって・・・。ころんで得た?教訓が、これ→「脱ぐは易し、されど持ち合わせ無きジャケット着るは難く、無きスカーフ巻くも能わず」。「明日も全国的に夏日のところが多く、関東甲信の最高気温は30度を超えそうです」などと耳にして身軽に出かけたら、あれまあ、お日様は雲隠れ、冷たい風がぴゅーぴゅーー!! 長時間の外出には防寒の意識こそが大切なのだと思い知りました。寒さで人間の免疫力はガクンと落ちると聞いてはいましたが、まさに身をもって納得させられたという次第。季節外れの風邪、お召しになりませんようご注意くださいね。(←12-312-5→

夏目漱石「三四郎」12-3


 三四郎の『ハムレット』への感想は、もしかしたらそのまま、坪内逍遥の翻訳による『ハムレット』に対する漱石さんの素直な評でしょうか? 明治40年に実際に観劇した漱石さんも、「好いところも多いが、今一つ、しっくりこないなあ」などと感じていたのかもしれませんね。
 さて終演後の廊下で美禰子さんたちと立ち話をする男性は、あの男性に違いありません。ほら、第10章・最終ファイルのお終いに急に登場した、黒い帽子に金縁眼鏡、遠くから見ても色光沢の好い、あの若紳士に!(←12-212-4→

夏目漱石「三四郎」12-2


今回のファイルは三四郎が芝居小屋に入るところから始まりますが、どうやらこのシーン、漱石さんが明治40年に観た第2回文芸協会演芸大会が下地になっているようです。当時の小屋の様子などは、背景に挿入した「呉服座」(明治村保存)の画像でご想像くださいませ。なお、入鹿・斬り合・唐めいた装束(ごめんなさい、他にフリー画像を見つけられず、聖徳太子の画像にも応援を頼んでます)といった言葉で説明されている演目は、杉谷代水が書き下ろした『大極殿』。実際には休憩の後にもう一本、坪内逍遥翻訳の『ハムレット』も上演されたということで、背景に、着物姿の杉谷代水と帽子を被った坪内逍遥の写真を二回、連続で挿入しております。(←12-112-3→

夏目漱石「三四郎」12-1


『三四郎』第12章・第1ファイルです。演芸会の招待券を使う気など全くないのに、わざわざ誘いに来てくれた三四郎を慮って、「散歩ながら其所まで行く」と、広田先生は“廻套”を着て出ます。“まわし”とルビがふられた“廻套”とは明治期にイングランドから伝わったインバネスコートのことで、男物和装コートとして日本で流行したのは大正から昭和の初めにかけてなのだそうです。そう言えば亡き父も、寒い時期に着物で外出する際は、襟に毛皮のある“それ”を羽織っていたなあ・・・と。我が家で「インバ」と呼んでいたその外套を背景動画用に探しましたが、フリーのものが見つけられず、ここではご参考までに洋装のインバネスを掲載いたしました。(←11-712-2→

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プロフィール

森下潤子

Author:森下潤子
 2008年、ドキドキしながら始めた“朗読たんぽぽ”。何かに突き動かされるように次々と録音・UPを繰り返すうち、3年足らずで容量が満杯に……。
 やむなく2010年、この“パートⅡ”開設に至りました。その際YouTubeにファイルを置く方式に切り替えたことから、こちらのファイルには背景動画を付けておりますが、朗読するのは同じ私で、作品への取り組み方も同じです。よろしかったら、どうぞあちらもこちらも分け隔てなくお訪ねくださいませ。掲載作品の検索はこちら→【作品リスト】からどうぞ。ただこのところパートⅠがお世話になっているケロログが消滅している日が多く、それが悩みの種なのですが……。

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